「さん」「くん」「ちゃん」

なんて呼ぼう?

 当ブログは、自閉スペクトラム症の当事者である僕が、いつも見ている世界をできるだけ詳細に言葉にすることで、皆さんに他者の価値観を鑑賞していただく試みです。

クリハロ

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この記事は、Amebaブログのリメイクです。

 僕の名前はDec25Oct31です。クリハロくんと呼んでください!
 と、いつも言っているんだけど、クリハロ“くん”…クリハロ“さん”…。別に僕はなんでもいいんだけど、日本語って敬称がとても多いから、何をつけて呼ぼうか考えてしまうことってない?
 今日はそんな悩みを真剣に考えてみよう。

敬称とポライトネス

​日本語の敬称(付加的呼称詞)ってどんなものがあるんだろう?

いろいろな付加的呼称詞比較的フラットな呼び方
殿(どの)、様(さま)、氏(し)、さん、ちゃん
性別に関わる呼び方
君(くん)、嬢(じょう)、女史(じょし)、刀自(とじ)、婦人(ふじん)
関係や性質による呼び方
公(こう) 、卿(きょう)、先生(せんせい)、先輩(せんぱい)、机下(きか)、陛下(へいか)、殿下(でんか)、閣下(かっか)
肩書きでの呼び方
大統領、大臣、主任、理事、軍曹、警部、係長、教授、博士、医師、選手、投手、関、竜王、八冠、容疑者、死刑囚、メンバー など…

 思いつく限りでも、これくらいはあるかな。敬称をつけること(もしくは、逆につけないこと)によって、その人との距離感敬意を表現することができるよね。

 このように、人間関係を円滑にするための立場や状況に応じた配慮ある言動をポライトネスって言うらしい。

 特に、敬語のような丁寧な表現に代表される「相手を尊重するために、距離を遠ざけようとすること」をネガティヴポライトネス、逆にネットミームだとか仲間内の話し方みたいな「相手と親密であるために、距離を縮めようとすること」をポジティヴポライトネスと言うんだって。

 呼び方を選ぶことって、このどちらもの性質を兼ね備えている気がしない?
 「さん」を基準とすると、「様」や「殿」は、相手を尊重して距離を取るネガティヴポライトネスの意図があるように感じるし、「くん」や「ちゃん」は、親密であるためのポジティブポライトネスの意図を感じるでしょ。

 そういう意味で、僕は「相手との関係性を省みつつ、適切な呼び方を選ぶ」というのに苦手意識があるんだよね。ただでさえ、適切な距離感を考えるのも難しいのに、ジェンダー平等立場の平等なんかの意識も大切にしたい気持ちがあって、より難しくなっている気がする。

嫌いな呼び方

 これはただの僕の感覚的な話なんだけど、肩書きや関係性から生まれる敬称ってあまり好きじゃないんだよね。

 「佐藤部長」がそこにいたとしたら、その人は常に部長ってわけじゃないでしょ。家に帰ればお父さんだったり、息子だったり、スーパーに行けばお客さんだったり、病院に行けば患者だったりするはずなんだ。人は多面的な部分を併せ持って存在しているのに、ただ「部長」と呼んでしまうのは、僕からすると、その人を一面的にしか見ず、とても軽視しているように思えてしまうんだ。

​ちょっと考えすぎな気もするけど、クリハロくんは細切れなコンテンツとして物事を消費するのが嫌いだったりするし、人をしっかりと見つめたいんだね。

 それに上下関係もあまり好きではない。「クリハロ先輩」「クリハロ先生」とは呼べるのに「クリハロ後輩」「クリハロ生徒」と呼ぶのは変なのって、非対称的だよね。これを許すこと自体が、平等や自由への道のりを阻害している気がする。人間として平等であるのは当然だと思うから、上下関係ありきの敬称は大嫌いなんだ。僕はこだわりを持って、子どもの頃から教員にも上級生にも「○○さん」で通していたし、今も人を役職で呼ぶことは決してない。

​なんだか、それはものすごく反感を買う場合もありそうな気がする。
先生に「さん付け」している生徒なんて見たことない!

 正直、怒られたこともある…。けれど、ものすごく優等生然として、他の言葉遣いを恐ろしく丁寧にしていたら意外と大丈夫だったよ。

 それと、どんなに仲良しになっても呼び捨ては絶対にしないんだ。
 上手い感じで呼び捨てを使える人には憧れがあるんだけど、僕がやると距離の縮め方がバグって、肩を寄せ合うんじゃなく、思いっきりパンチしてしまったような感覚になるの。呼び捨てされるのは嬉しいけれど、呼び捨てするのは拳が痛い。
 しかもそれは、芸能人などについても適応されてしまって、もともと敬称が付いている名前の人には、ちょっとおかしくなるんだよね。
 なかやまきんに君さん、さかなクンさん、サンプラザ中野くんさん、クロちゃんさん、スギちゃんさん、アグネスチャンさん(これは違うか…)

呼び方の印象

 ということで、基本的に使うのは「さん」「くん」「ちゃん」になる。

​結局その三つに落ち着くって人が多そうだよね。

 そして、それらの敬称に対して、僕は、

 「さん」 :机を挟んで話し合う
 「くん」 :握手をする
 「ちゃん」:頭をなでる

 ってくらいの距離感に感じているんだよね。最もフラットな「さん」は使いやすいけれど「それ以上は仲良くならないぞ!」という、机の隔たりを感じる。逆に「ちゃん」は、頭をなでられるくらいの距離感の親戚の子や恋人など以外に使うと気持ち悪すぎるように思える。そんな自意識によって、赤の他人のままでいいとは思っていない人には積極的に「くん」を使いたいんだけど、最大の問題点として、この呼び方はかなり男性的なイメージがあるんだよね。

 女性に対して「くん」を使うこともできはするけど、慶應義塾か?って気がしてきちゃう。「くん」と対になる女性の呼び方なら「嬢」だと思うけれど、こっちは握手なんて生やさしいイメージは全然なくて、水臭いという意味ではなく、お水の匂いがしてくるね。

ジェンダーレスな呼び方へ

 さらに、ジェンダーの多様性を考えると、性別によって呼び分けること自体に問題があるように感じる。僕は教育関係のことをしているから、子どもたちを呼ぶときにこの問題をよく実感するよ。

 そして、これを考えると必ず出てくる案が「さん」に統一するというもの。
 でも僕としては「さん」に統一することは、逃げているようにしか思えないんだ。ポジティヴポライトネスのメリットを投げ捨て、姑息に波風立たない方に行くのは、浅ましく醜くくて仕方ないよ。

 ちなみに、「さん」に統一する方がいいのでは?ということについてのアンケートでは、次のような結果が出ているよ。

引用画像:NHK放送文化研究所 第1465回放送用語委員会(東京)2023年6月9日

 ちょっと問題なのは「統一しない方がよい」という選択肢がないから、この選択肢だと「とりあえずそうしておけば?」とも思えてしまう。もう少ししっかりと考えて欲しいところだな。

確かに、​このアンケートの取り方自体が「さん」への統一を良いものとして考えた上で、それに賛同できる人がどれだけいるかということを確かめようとしている意図的なものに感じてしまうね。問題の本質に迫るためには、もっと新しい案が必要かもしれないもんね。

僕の解決案

 僕が思うに、この問題を解決するには、

  • 女性への「くん付け」を当たり前にしていく。
  • 「ちゃん」に込める愛情を包括的な愛情に感じるようにしていく。
  • 「様」を日常使いできるようにして、「さん」の価値を下げていく。
  • ジェンダーレスな「くん」に近い敬称を新しく作る。

 みたいな取り組みがいいんじゃないかな。上の方のものは教育全体を通して、常識を変えていく必要があるけれど、新しい呼び方を考えるのなら僕一人でもできそうだと思える。

 これを踏まえて、色々調べてみると、面白い敬称を見つけたんだ。

「やん」

 関西で見られる、パーマン4号「パーやん」の「やん」!これには、男女の区別はないし、親密度合いも結構高くて欲しいものが全部詰まっているんじゃない!?

​うーん…。
なんでかはわからないけれど、これを全員に使うのはかなり嫌悪感がある。

 どうしてだろう…。呼び方って難しいね。まだまだ答えは出せなさそうだ。


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