
この記事は、Amebaブログのリメイクです。
今月、初めて小説を書きました。
今回の31日のおまけは、その小説『剪断』の試し読みです。
気に入っていただけましたら、ぜひ下記のリンクから全編ご覧ください。
剪断(試し読み)
まだ誰もいない研ぎ澄まされた教室に柔らかな朝陽が差し込む。眼鏡の表面で朧げに光る細かな埃が気になった。大きく湾曲したプラスチックは世界をこぢんまりと歪ませて、僕にチューニングを合わせた知覚を与える。クリーム色のカーテンが眩さに滲んでしまうのは、その越えられない隔たりを実感させるのに役立った。
─────(中略)─────
子どもがどうやって生まれるのか。十歳を過ぎても考えたことはなかった。
三歳の六月二十八日のこと、予定日よりも少し早く、弟が生まれた。名前は真宙。両親がいくつか挙げた候補から、訳もわからず一番大きな字で書かれていたものを僕が指差して決まった。ただし、僕は母さんの妊娠中、赤ちゃんが生まれてくることを喜んだことはない。どんなに両親に期待の感情へと誘導されても、頑なに「弟妹なんてほしくない。」と言い続けた。僕への愛情が半分、いや、半分以下になると予見したからだ。
前日の夜は狂気じみて痛がっている母さんを見るのが辛かった。存在しないふりをしたくて、ダイニングテーブルの脚に隠れるものの、ソファで悶えている母さんから目を離すことはできない。「ガイシャシ」だとか言われて、半年前から掛け始めた眼鏡のせいで、世界はお説教をされているように窮屈に整理整頓され、額に浮かぶ脂汗まで見えた。いつも見える方の左目にシールを貼られたが、今日はそれもしていない。できるだけフレームの外を見るようにした。当たり前だと思っていた優しい視界。痛みにピントが合わなくなって仄かに心が落ち着いた。
夜中の二時半を過ぎて、病院の硬い椅子で父さんの膝を枕にして寝ていたとき、生まれた赤ちゃんには脳に障害があると聞いた。何時間も待ったことによる強烈な眠気が襲うなかでも大切な話をしていることは窺えた。
赤ちゃんが生まれてから何週間も、病院と家とを往復した。その回数は眼科に通っているときよりもずっと多かった。眼鏡を掛けるようになってから、母さんが何度も「あれは見える?」などと訊くのは、僕の目が悪いのを心配しているからだと知っている。だから僕は、力強い光をずけずけと浴びせられて胸焼けのする眼鏡でも嬉しそうに掛け続け、楽しげに「見える」と言うようにした。そうすれば、母さんは優しい笑顔を見せてくれる。でも、赤ちゃんが生まれてからというもの、そんなやりとりは一度もないのだ。両親が精一杯なのは、疲れ果てた顔を見れば痛いほど伝わるが、やっぱり赤ちゃんは要らなかったんじゃないかと自分の正しさに誇りを持った。
父さんに抱かれて初めて見た弟は、物々しい多くの機械に繋がれていた。管の刺された青白く痩せ細った塊は、踠き苦しんでいるように見えるが、この部屋はそんな生気のない人形をわざわざショーケースに飾っているみたいでどこか気味が悪かった。僕が「生まれてくるな」とずっと願い続けたせいで、この小さな命は酷い仕打ちを受けているのではないかと一瞬だけ考え、「痛そう。」と他人事みたいに声を漏らす。
「病気があっても優しいお兄ちゃんがいるお家なら安心だろうって、真宙は我が家を選んで生まれてきてくれたんだね。」
父さんは僕が怯えているのに気がついたのか、緩慢に背中を撫でながらなるべく優しい声を出す。僕はその言葉を鵜呑みにした。自分を正当化するように、赤ちゃんが勝手に家を選んでやって来たんだと信じることにした。
東北の震災があってすぐのこと、真宙が就学するのをきっかけに特別支援学校が近くにある地区に引っ越した。重度の障害がある子どもを受け入れてくれる小学校はあまりないようだし、母さんの実家も近く、何かと都合がよいらしい。習い事もせず、親しい友だちもいなかった僕は、転校を厭うことはなかったが、新しい校舎を見れば、どうしても足は竦んだ。去年の遠足のときは、同じ班になった一年生の女の子よりも背が低かったし、すっかり0.01もなくなった視力を矯正するためには、目の大きさが半分くらいに見える度の強い眼鏡を掛けなくてはいけなかった。前の学校でもそれを何度もチープなお笑いの材料にされてきたのだ。性格を改めることはできても、それらは変えようがない。不安は募った。ただ、五年生の始業式というのはクラス替えも兼ねていて、転校生の存在感が最も薄い時期らしい。パーティ気分を白けさせない程度に紹介されて、騒いでいる声が止むのを待つだけで初日は終わった。
しばらくして、各自で書いた自己紹介カードが廊下に掲示されたことで、朝のホームルームの前に廊下がごった返していた。群れたがる子どもたちに一瞥をやって、僕は教室で本を読む。すると、張り切ってクラスの司会者みたいな振る舞いをしている並木くんの声がした。自分の名前というのは雑音にも掻き消されないで目立つものだ。その声だけが明確に届く。僕の誕生日が十月十日であることを取り上げているらしかった。その意味が僕には理解できなかったが、声の出し方からして揶揄いの類であることは確かだった。知らない言葉を次々と並べ、周りの男子はその言葉を楽しそうに真似する。近くにいた女子は恥ずかしそうにしながらも、上機嫌にそれを注意する。誰かが「ミレニアムハッピーバカ親」と言って、両親が馬鹿にされていると知った。我慢しておけと何度も衝動を鎮めようとしても、席を立つことは止められなかった。恐る恐る廊下に向かうと「おっ、ガリ勉転校生くん登場」と囃し立てられる。
「──うちは、その…インランってやつじゃない。」
たどたどしく呟くと、さっきまでより大きな焼けつく笑い声がした。おもちゃを見つけた幼児のように、彼らは嬉々として僕にあれこれ質問をする。そして、行儀の悪そうな単語を知ったかぶりし続ける僕は余計に笑われた。乾いた唇をなんとか動かして、視線は極端に落とす。レンズの端の方では直線が歪んで色も滲んだ。並木くんの上靴が水で伸ばしたように見えるのは、涙のせいではないと言い聞かせたが、目尻から溢れ落ちた感覚ですべてを諦めてしまった。いきなり泣いてしまうような人間は、身分に違いがあるように扱われることとなる。引っ越しを決めるとき、僕には一切相談のなかった両親に対し、そのとき初めて腹が立った。



