向かうは新天地
当ブログは、自閉スペクトラム症の当事者である僕が、いつも見ている世界をできるだけ詳細に言葉にすることで、皆さんに他者の価値観を鑑賞していただく試みです。
この記事は、Amebaブログのリメイクです。
さて、今日は大晦日! 2025年もどうもありがとうございました!
今回は、Amebaブログの最終回!記念すべき100件目の記事だね。
門出のために、今年の活動を振り返っておこう!
僕は年末年始の行事が結構好きなんだよね。何か区切りを意識することで、過ぎていくだけの時間を改めて名前をつけてラッピングできる。来年から始まる僕のオリジナルサイトでのブログ「揺蕩う耽綴ブログ」のために、Amebaブログ最終回もしっかり飾って、綺麗に終わらせたいね。
紅白歌合戦が大好きなもんで、このブログが投稿される時間には画面に張り付いて真剣に見ている真っ最中だと思う。そんな年末年始が大好きな僕として、今回は2025年を振り返って、パッケージ作業をしてみるよ。忘年会気分で読んでくれたら嬉しいな。オリジナルサイトでは僕の指定したものしか表示されないように、コメント機能をオフにしている。今回がみんなとの最後の繋がりだと思って、いっぱい感謝を伝えたいと思うよ。いつもありがとう!今までありがとう!
今年の新語・流行語
ユーキャンの「新語・流行語大賞」では「働いて働いて働いて働いて働いてまいります/女性首相」が年間大賞を取っていたね。去年の「ふてほど」は酷かったけれど、今年は「古古古米」「エッホエッホ」「オールドメディア」など、多くの注目できる言葉があって、新語・流行語の豊作な年だった気がするよ。
個人的にユーキャンより価値があると感じる、三省堂の「今年の新語」で大賞を取った「ビジュ」も、ユーキャンが取り上げていたから、意外と捨てたもんじゃないなと不遜にも思ったな。でも、三省堂の方では4位に「しゃばい」が取り上げられていて、これはさすがだと感じたね。本当にすごい新語というのは、新しいと感じないものだと思うんだ。ただ、それをピックアップしてくるのは本当に難しいもので、言葉について真剣に見つめ続けている人でないとできない仕事だよね。
さあ、時事ネタだけ書いていても僕が書く意味はないから、ここからは個人的な「今年の◯◯」を発表していくよ。最初は新語・流行語。
僕の今年の新語・流行語大賞は、「名もなき哀れ」にするよ。
今年は言葉について、今まで以上に真剣に向き合った年だった。「書くこと」とは何かについて考え続けて、導き出した答えがこの記事なんだ。僕が書くべきものの名称を「名もなき哀れ」と名付けたことで、芸術への眼差しがより鋭くなって、視界が明瞭になったと感じているよ。
今年からは、小難しいことを偏屈なクリハロくんがずっと言うという、面白みのかけらもない記事が増えたよね。
読み手を意識していなくて申し訳ないけれど、内省をしっかり働かせて言語化するというのは楽しかったよ。
また、オリジナルに作り出した新語に関しては、この記事に詳しい。
「濘らか(うだらか)」・「逶い(もどよい)」・「迤う(もどよう)」に関しては、かなり自信のある新語だな。自分の作品のなかでも適当に入れていきたいね。
あと、意外にも「食端末」は我が家では市民権を得たんだよね。お母さんがこの前「結構スープが多いから、食端末はフォークよりスプーンがいいと思うよ。」って言っていて、嬉しくなっちゃった。他にも、今年は意識的に新しい表現を求め続けていた気がする。
言葉について真剣に考え続けた結果、キー配列だろうが、暦だろうが、ブログのプラットフォームだろうが、なんでも自分で作りたい欲求のある僕としては、造語をしなくてはいけないって意欲が出てきたんだろうな。お喋りより書くことが多かったのもあって、単純な造語だけでなく、新しい漢字表記を求めることもあった。
幼い頃から漢字は好きだけど、難読漢字を覚えることに精を出すだけで、こんなに能動的に新しい表記を考えようとしたことはなかったな。昔の文豪もよく漢字表記を作り出していたわけで「言葉を使う側」だけでなく「言葉を作る側」にも手を伸ばしたいなという感覚になってきたんだよね。
言葉には、正確に、または多くの人にメッセージを伝えられるという役割ももちろんあるけれど、芸術的な側面もあるし、内省のためにじっくりと組み立てる媒体にもなってくれるよね。
総じて、言葉についてよく考え、よく悩めた一年だったな。
今年の漢字
日本漢字能力検定協会による「今年の漢字」は「熊」ということで、こちらも去年の使い古された「金」よりずっとよい選出だね。やはり、独特な字が選ばれるとアツいな。過去で最高だったのは、大震災によって使用頻度が急増した2011年の「絆」だと思うんだけど、1998年の「毒」2003年の「虎」2006年の「命」2007年の「偽」なども僕としては高評価している。それに比べて「金」はさ…
さて、僕の今年の漢字も発表しよう。
Dec25Oct31の2025年の漢字は…
著
著す(あらわす)という漢字だよ!
なんと言っても、僕の今年の活動は「執筆」だった。
処女作『剪断』を公開したのが、今年三月。唐突に小説を書いてみたくなってから、まだ一年弱しか経っていないことが自分でも信じれらないってくらい、のめり込んで書き続けた年だったと思う。言語に依る芸術に真っ直ぐ取り組んだことで、「美」への志向の様態も研ぎ澄まされたんだよね。ブログをオリジナルサイトへ移行することを決心できたのも、書くことを通して「美とは何か」と自分に問いかけ続け、なんとか答え続けた懊悩の成果だと感じているよ。
去年もブログは書いていたわけだけど、小説を書いてから明らかに文体が変わった気がするね。最近はハードルが高いかも…。
ブログとラヂオだけだった「自閉症くんと考えよう」の耽シリーズも、色々と書きたいと思えるようになって、活動を広げられたね。



今後もずっと続けられるであろうライフワークができた。これは、十年後、二十年後、いや、もっと先の老いぼれた僕が、感謝してくれるような大切なことだと思うんだよね。死のその時まで、言葉で足跡を繋いでいきたいな。この自己満足を、どこまでも充足できるように、僕はひたすら傲慢に意地汚く書き続けるよ。
よいお年を
このAmebaブログは、今回で終了するけれど、僕の活動はこれからが本番だと自信を持って言いたい。来年以降も頑張って活動するから、どうぞよろしくね。
さあ、2025年も今日でおしまい。
もちろん365日もあれば、辛いこともあったけれど、その度に立ち止まって考えて、素直に苦しみ、真剣に悩めて本当によかった。みんなは満足できる一年になったかな。何にしても、まずは一人ひとりのあなたが今日まで生きてくれたのが、とても素晴らしいことだよ。いつもありがとう。
とりあえず、昨年に引き続き元日には、新年の曲や年賀状のイラストなども準備してあるから、楽しみにしていてね。
それにしても、終了発表をしてからブログの幕引きをどうしたものかと悩みに悩んでいたけれど、意外と僕自体の活動は変わらない、というか変えられないのかもしれないな。
自分らしさに懸命に向き合っていたなら、場所が変わったとしたって、きっと根底は似通った表現に辿り着くよ。
自己表現のあり方を追求しているわけだけど、僕がなんたるかを積極的に語っても実際の彩りは褪せてしまうと思うんだ。牡蠣フライ理論で言うように、自己というのは、様々な表現の積集合として副次的に描かれるものでなければならない。
自閉症くんとして語ってきた「こだわり」は、どれも僕の大切な自分らしさであって、生きる原動力だ。でも、それに苦しんできて、療養的にブログを始めたという部分もあるんだよね。誇れる醜い美に向かって、僕はこだわりを統制したい。だから今回は、まだ綺麗な終わらせ方じゃなくてもよいって思えたんだ。美しき死に様はもっと先で創り出す作品の終焉に取っておきたい。人は皆、表現者である。
2026年も、Dec25Oct31をどうぞよろしくお願いいたします。
それでは、よいお年をお迎えください。











