リテイク


リテイク

 みんなと写真を撮るとき、わざと目を瞑ってみた。固く閉じるでもなく、やや白目を残す。鼻まで膨らまし、くしゃみ寸前の滑稽な顔を作った。大抵の女子高生は、そんな醜態をカメラに切り取られるなど忌み嫌うだろうが、私にはその場の四人を笑わすことの方が重要だった。
 ポテトで汚れた指をシェイクの容器の結露で拭い、ムギが撮れた写真を確認する。加工アプリを貫通した変顔を見つけると、すぐに全員に見せびらかして下品に大笑いした。私も涙を浮かべるくらい笑ってみせて「サイアク、消してよー」と赤面しながら懇願する。狙い通りの無様を曝せたことに安堵して座り直した。
 ムギはそのまま友だち向けのストーリーに写真を載せる。放課後に寄り道して起きた、ほんの少しの珍事。取るに足りない毎日を号外記事のように報せる営みこそが青春の煌めきだと信じられるようだ。私もムギと友だちでいることで、クラスの内側に居座っている実感が湧いて気持ちよい。自信のある角度で撮って十二分に盛れた写真よりも、戯けて笑われる姿にこそ誇りを持てる。これは幼少期から変わらない。

 夕陽が名残惜しそうに沈みゆく傍らで、一番星が街灯に隠れつつ顔を出した。明日も会う当然の約束をして、電車通学のムギたちと別れる。私はエナと二人になって、近くのバス停までゆっくり歩き出した。口数の少なかったエナは歩みを止め、先を行こうとする私を大袈裟に呼び止める。

「あんなのよくないよ。撮り直せばいいじゃんね。ムギちゃんは無神経すぎる。みんなの前で恥かかせてさ。あんたもイヤだったらイヤってちゃんと言わないと。」

 ユーモアを伴わない声色に煮え滾った怒りが窺えて、一瞬で圧倒された。怒りの矛先が自分に向いていなくとも、今にも何かを傷つけそうな刃の存在だけで、切迫感を覚えてしまう。真剣なエナの分まで笑い飛ばして「面白かったから気にしていない」と説得しようにも、表情の詳細が薄闇に沈むのはいけなかった。明らかな空回りに対し、エナはもちろん一切笑わず「無理しないで」と慈悲で一刀両断する。
 肩を寄せ、励ますように「二人でプリ撮ろ」と笑いかけられた。それに抗わないことが穏便に済ますためには必要なのだと当然判る。バス停とは反対に歩き出し、ファンシーなゲームセンターに踏み入った。エナの逞しい足取りに曳摺られただけである以上、上手く笑える自信は十分に持てない。
 それでも箱の中に入れば多少の高揚はする。実はプリクラを撮るのは、中学の卒業式以来だった。あのときはみんなで白目を剥いて撮ったと記憶している。今回はそんなわけにいかないが、キュートな仕草の引き出しは少ない。騒々しい音に急かされている気もする。しかし、頬の横でハートを作るエナのポーズを真似したら、呆気なくベストショットだと喜び合えた。落書きもエナの真似をして自分のMBTIを書く。異常に上手いネオンペンの使い方に感心しながら、安っぽく「一生」という言葉が使われ、画面全体が丁寧に加工されゆく様を見届けた。出来上がった写真は、際立ってカワイかった。二人の思い出としては素直に嬉しい。ただし、真っ当に可愛らしいものと対峙するのは若干恐ろしく、一枚だけ貰ってスマホケースの内側に蔵った。

 夜、風呂上がりの火照った体をベッドシーツの冷たさに預け、人が死なない映画を眺めていた。主人公の顔に被さってポップアップが表示される。クラスのグループチャットからの通知だ。
 一人の男子がムギのストーリーに対して、あの写真はいじめだと、スクリーンショットを貼り付けて抗議していた。それを掩護するようにエナも現れる。何か返信すべきであるが、そっと電源ボタンを押してしまった。液晶の向こうのプリクラと目が合う感覚がする。部屋は静まり返っていて、鼓動の音までした。机の上のキティちゃんのペンケースが目に留まる。昔から家でしか使わなかった。明日は持って行ってみよう。きっと笑われない。




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