路地


路地

 路傍の花はアスファルトに明瞭な影を落とす。迷い悩む凩と小刻みに揺れていた。直線的な斜向かいの民家の壁と電柱の隙間を縫って、冷たい陽射しが徒花を照らす。塀の角度も相まって真四角に刳り抜かれた日向が、毎日数分間そこに在る。この額縁を通過するのは、俊敏に一瞬だけ覆い尽くす軽自動車の長方形と、空想のため翩翻と歩く学童の人型くらいだ。ランドセルに付いた巾着は、行きつ戻りつ無秩序に振れている。巾着の丸い影がいよいよ花を撞こうとすれば、小さな体躯に遮られて衝突を免れた。花弁と萼片の中央の影が配される地面は、やや強い風が吹いた程度では日陰の温もりを手放さない。表面の小石も太々しく居座っている。されど、車や人によって満遍なく日陰が均された途端に、その特異点は有耶無耶になる。一つの小石が陽の存在を知らないことなど、必ず見過ごされるのだ。
 空には航空機。太陽に被さったところで地上に影は映さない。薄い雲を突き破って天体の一部になる。冬の大気は澄み切っていて、上空の果てまで一様に溶け合っているから、町は大きさすら曖昧になる。花の匂いを取り込んだ空気は、やがて宇宙まで頬張る可能性を秘めながら、すぐ傍の側溝に引っ掛かって暗がりに零落する未来も見えている。コンクリートの蓋に等間隔で開けられた孔によって、溝の底はスポットライトの要領で照らされる。ただし、一昨日に落ちてきた螽蟖の死骸は、成れの果ての凩に翅の根元を押されて転がり、朝から晩までまったく光の届かない地点で落ち着いてしまった。もっと前に捨てられた隣家の客人の吸殻に寄り添っている。背広姿の客人は待ち合わせの時刻よりも随分と早く到着したため、インターフォンを押す前に、凛々しい花に気づきもしないで一服したらしい。万物に忘れ去られた死骸と吸殻は、一帯が雨雲の影に沈んで洗い流されるまで、きっと静かに慎ましく横たわっている。
 大通りではクラクションの音がした。反射することなく丸みを帯びた迫力ない音圧は、却って静けさの証左となる。家屋が並ぶ枝道と違ってエンジン音こそ喧しいが、むしろ規則正しく時間は過ぎていく。川に降りかかる無垢な小石が水面を破って平穏を失わせるように、横断歩道で轢かれかけた老人は、車内で罵声を上げる運転手に一瞥も遣らず歩み進めるのだった。その隙に待ち倦ねていた学童もさっと渡る。震えるボンネットの影には覆われず、艶やかに露出した白線の真上で二人の影が重なった。ハンチング帽の鍔が、ランドセルから弱々しく生えた首をじっくり刺して、瞬く間に貫く。血栓が動脈に流れ出すように、大通りを鈍色の車が走り出した。水面は自らと合わさって傷を修復する。後続の車両も速度を取り戻して、道路に落ちる影は予測の容易い均等な運動を続けた。対して風は散漫だ。几帳面な家主が居るでもないのに、なぜか落ち葉の吹き溜まる場所が点々と在る。根を張る花とは対照的な怠け者の落ち葉によって、影を持たない凩の躑る憂鬱が可視化する。時に縁石に腰を掛け、時に花に見惚れて道端に立ち尽くす。徒に命を奪いながら、ささやかな命を与えていく。
 一歩一歩が重たい老人の鈍い足音が光の額縁に近づいてきた。しかし、上部から屋根の影が少しずつ侵入して、真四角は崩れつつあった。平行四辺形に歪む先では額縁を受け止める塀が途切れる。花も中央から外れ、絵画としての趣きを失くしそうだ。偶然に起きた特別を遺し続ける術はない。背の低い老人の影は四辺にすっぽり収まったものの、像が引き延ばされていて取り立てるべき瞬間でもなかった。隅に溜まる乾燥し切った落ち葉は、避けようと悩みもしない老人に踏まれ、しゃりしゃり鳴った。もちろん、それは永く響き渡って土に刻まれる。塊の中に埋もれる影は不明瞭であろうとも、音色だけは粉めく枯葉の最期を誠実に描写している。
 透き通る北風が真っ直ぐ路地を吹き抜けた。枯葉を一枚、側溝の穴まで運ぶ。



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